美術=予備知識なく第一印象で刺さった感覚を楽しむもの
芸術=下地にある文脈や歴史などの情報を踏まえて技巧を讃えるもの
って感じ。思考回路としては
【美術は技術は無くても感覚と熱意で作品は作れるし、作品に技巧が見受けられなくても自分にブッ刺さる作品はある】
一方で、
【"芸"はなにも視覚芸術に限らず武芸も芸能もあらゆるジャンルを内包してて、それら全ての"芸"には巧みな技術が必要だし、
その技芸に凄ぇ~~~~~!!!!!!ってなるには、鑑賞する側が「その技術がどんだけ凄いか」を解ってないといけない】
から…かなー
一般名詞として「芸道」は有っても「美道」は無い(美の道を提唱するかたはいる)っていうのも1つ結論の根拠かも…
昔に格ゲーの相殺シーンを繋いで作ったMADがバズってて、
私は偶々そのゲームを良く知ってたから
大原則「相殺」が意図して作れるものではないこと、
なのに投稿主は【画面の任意の位置で】【関係のあるキャラ同士で】相殺を発生させたカットを多数撮影してるんだからこれがどんだけ凄いことか、
相殺だけでも凄いのにBGMの盛り上がりに大技のエフェクトも絡めてて動画としても鳥肌モノだし、
凄すぎるだけにこれを撮るためにどんだけ試行錯誤したんだろう…
みたいな「芸」の面も込みで作品に感動できたんだけど、
そのゲームを知らない人は「技同士がぶつかってるからってなんなん?」って感じだった。
当時は大学で西洋美術史の講義も取ってて作品鑑賞にはまず知識が無いと「絵解き」が出来ないんだなっていう事を学んでいる最中だったこともあって、
あのとき強烈に「作品の良さって、知識ないと解んないんだ…」と実感した。
あの時のあの作品では偶々事前に知識っていうか情報を持ってたから感動できたけど、
私は今まで・これから目にする作品のほとんどを「知らないから良さが分かんない😶」で見過ごしていくんだろうな…って結構ショックだった。
だからといって作品鑑賞のために全方位に知識欲を差し向け貪欲に勉強するような努力もしたくなかった。
以来、美術展に行って好みの作品を見つけて「良いな~」と思っても「けど自分はこの作品の良さをなんも解っとらんのんよな」って意識が割り込んできて虚無る。
芸術=下地にある文脈や歴史などの情報を踏まえて技巧を讃えるもの
って感じ。思考回路としては
【美術は技術は無くても感覚と熱意で作品は作れるし、作品に技巧が見受けられなくても自分にブッ刺さる作品はある】
一方で、
【"芸"はなにも視覚芸術に限らず武芸も芸能もあらゆるジャンルを内包してて、それら全ての"芸"には巧みな技術が必要だし、
その技芸に凄ぇ~~~~~!!!!!!ってなるには、鑑賞する側が「その技術がどんだけ凄いか」を解ってないといけない】
から…かなー
一般名詞として「芸道」は有っても「美道」は無い(美の道を提唱するかたはいる)っていうのも1つ結論の根拠かも…
昔に格ゲーの相殺シーンを繋いで作ったMADがバズってて、
私は偶々そのゲームを良く知ってたから
大原則「相殺」が意図して作れるものではないこと、
なのに投稿主は【画面の任意の位置で】【関係のあるキャラ同士で】相殺を発生させたカットを多数撮影してるんだからこれがどんだけ凄いことか、
相殺だけでも凄いのにBGMの盛り上がりに大技のエフェクトも絡めてて動画としても鳥肌モノだし、
凄すぎるだけにこれを撮るためにどんだけ試行錯誤したんだろう…
みたいな「芸」の面も込みで作品に感動できたんだけど、
そのゲームを知らない人は「技同士がぶつかってるからってなんなん?」って感じだった。
当時は大学で西洋美術史の講義も取ってて作品鑑賞にはまず知識が無いと「絵解き」が出来ないんだなっていう事を学んでいる最中だったこともあって、
あのとき強烈に「作品の良さって、知識ないと解んないんだ…」と実感した。
あの時のあの作品では偶々事前に知識っていうか情報を持ってたから感動できたけど、
私は今まで・これから目にする作品のほとんどを「知らないから良さが分かんない😶」で見過ごしていくんだろうな…って結構ショックだった。
だからといって作品鑑賞のために全方位に知識欲を差し向け貪欲に勉強するような努力もしたくなかった。
以来、美術展に行って好みの作品を見つけて「良いな~」と思っても「けど自分はこの作品の良さをなんも解っとらんのんよな」って意識が割り込んできて虚無る。